プロフィール
車の業界に入るきっかけは行きつけのショップさんからのお誘いでした。
レースを再開するからメカニックとしてうちに来ないか?
勿論、断る理由は何処にも有りませんでした!(^^♪
レース用の車を触れる、もしかしたらエンジンも組めるようになるかも?
そんな期待を胸にこの世界に飛び込みました。
先輩に色々と教えてもらいながら、とにかく判らないなりに楽しい期間だったと思います。
レースはJAF公認のシリーズ戦ですから何が何でも間に合わせなければ相手にしてもらえません。
レース間際は疲れてヘトヘトになって辛いな~と言う気持ちも確かに有りましたが、
無事に走りきれて、成績が良かった時など名ばかりのメカニックではありましたが出来ないなりに充実感が有りました。
車にレースにどっぷりと浸かった生活が続いていたある日突然父親が病に倒れました。
脳梗塞でした。右半身に麻痺が残り、言葉が上手く話せない症状です。
他に仕事を持ちながら、夕方~夜にかけて自動車の任意保険の仕事をしてくれていました。
当時としてはそれなりに契約数も多く、長い期間掛けて集めてくれた父親の気持ちを考えるとそのまま保険を終わりにしてしまうのは申し訳ないし、勿体無いと言うことで、私が後を引き継ぐ形で一時レースの世界から身を引く決心をしました。
ただ、身を引くとは言っても車に対する情熱はまったく冷めるどころか日に日に強くなっていく自分が有りまして、昼間に空いた時間はよくサーキットに居ました。
家から車で10分でサーキットに行ける訳ですからとても有りがたかったですね。(^^)v
この期間にサーキットに通った事がその後の車の走らせ方や車に対する接し方が今の自分の根幹に成っている様な気がします。
それまで父親がやってくれていた保険の継続作業をさせてもらうにつけて世の中の仕組みや矛盾が少しずつ感じ取れるようなそんな気がしてきたものこの頃でした。
保険業務は殆どが夕方からになっていた為に時間がそれなに有りましたから、心は自然と車、エンジンに向いていってしまいます。
この頃に知り合いからエンジンを頼まれて少しずつエンジンの魔力に取り付かれて行く事になる訳ですね。笑
可也本気で作りたいと言う L型エンジン を依頼されて兎に角一生懸命に作り上げた3.1リッターのエンジンを富士のレース村にエンジンベンチに掛けて慣らしとパワーチェックをすると言う機会に恵まれました。
予約を入れていた日にちに間に合わせるために3日間位殆ど睡眠も取れずにやっとの思いで持ち込んだエンジンでしたが、内心はドキドキでした。
パワーが出るとか出ないとかではなくてベンチテストは過酷と聴いて居ましたからエンジンが持ちこたえてくれるのか?壊れたらどうしよう?
そんな思いが強かった記憶が有ります。
初めての経験で現場のメカニックさんや私から見たら神様に見えるような人が実際に作業されているその場で大変貴重な体験をさせて頂いた事が今でも昨日の事の様に覚えています。
で、エンジンベンチの結果なのですが、色々なマイナートラブルは有ったものの無事に壊れずに済みました。
ところが壊れないどころか、パワーが出たんです!とてもとても!!
当時、雑誌等で公表されている数字のどれよりも大きい数字が出ました!!!
この時ほど努力は報われると感じた事は無かったように鮮明に記憶しています。
勿論、担当してくれたメカニックさん達のセッティング能力に寄る所が大きいと思うのですがそれにしても
エンジンに力が有る と言って貰えた事がこの世界から抜け出せなくなってしまった一因です。^_^;
自分もこういう場所で働きたい!エンジン屋さんになりたい!
でも、自分は男兄弟は居ませんから家の跡を継がなければ成りませんし、病気の父親が療養中で家に居ます。
今では長男だからとか、家の跡を継がなければと言う認識は少なくなってきているのでしょうが、私は古い人間ですからそう言う部分は軽くは見れないのですね。笑
そう言う希望を胸に抱きながら悶々としていた頃に知り合いがショップをオープンしました。
ショップと言っても富士のレース村で見たようなガレージですね。
ショールーム的な煌びやかさは無い作業場という感じです。
よく遊びに寄らせてもらいながら私も少しずつ工具や旋盤、フライス盤、溶接機など、なるべく人に頼らずに自分で何でも出来るように成りたいと道具は揃えて行きました。
ショールームは必要ないですよ!道具が有ればそれで十分でしょう!
中村さんは道具も実際にショップとしてやっている所よりも揃って居るし、始めちゃえば!と言う友人の言葉にグラグラです...
ただし、儲からないですよ!と言われたのですが、その時は全然聞こえませんでした。(^^♪
そのような経緯で こうば を始めさせて頂いたのですが、ホンとは自分の車が何時でも気兼ねなく触れるところが最大の魅力でした。
開店祝いや何の触れ込みも無く始めた訳ですから最初は全然お客さんが来てくれません。
当たり前ですね<後から気が付きました...
無いお金を工面して雑誌に広告を載せてポツリポツリとお客さんが来てくれるるように成りましたが確かに儲かりません...
まあ、ある程度予測はしていましたし、従業員も使うつもりは有りませんから好きな事を職業にさせて頂けるだけでも幸せかなと割り切って現在に至ります。
当初の願いだった自分の車も中々手が出せずに こうば を始めてから今年で19年も経っていました。^_^;
車が好きでエンジンが大好きで看板も一切出さずにこれまでやって来ました。
今でこそ、こうやってネットの力を借りて自分の存在を示せて居ますが、車が有ったからこそ生きて来れたのだな~と感謝の気持ちで一杯です!
この業界に身を置いていますと、色々な話や噂を良く耳にします。
せっかく車を作ったのに全然調子が良くない。
トラブルばかりでまともに走れない。
やっぱりチューニングなんてしなければ良かった...
調子が良いのも悪いのも必ずそれに付随した原因が有ります。
調子が良ければそれを継続するためのメンテナンス、又、調子が悪いならば原因を突き止めトラブルの元を断つように手を加える。
どちらも立派なチューニングでは無いでしょうか?
ここでやって良かった!
こんなに調子良く成るとは思わなかった!
やっぱり諦めなくて乗ってて良かった!
こんな言葉を聴いた時が一番嬉しい瞬間ですね。
ご縁が有ってこのページを見て頂いているあなたの愛車は調子は如何ですか?
もしも、もしもですよ、原因が判らなくて不調で困って居るのでしたら、何の遠慮も要りませんからお気軽にご連絡を下さい。
何でも判る、何でも出来るなんて事は言いませんし、言うつもりも有りません。
しかし、私に出来る事が有るかも知れません。
私でお役に立てることが有るならば喜んで!